日本人移住地

ラ・コルメナは、初のパラグアイの日本人移住先として1936年に選ばれました。1941年までに同移住地に入植した日本人移民の数は、132世帯、計890名に上ります。移住初期、入植者は密林での生活に苦戦しながら、綿、柑橘類、米、サトウキビ等の農作物の栽培を始めました。

その後日本の第二次世界大戦への参加の結果、11年もの間ラ・コルメナへの日本人の移住が行われることはありませんでした。1952年にパラグアイ議会で日本との平和条約が批准されるまで、パラグアイは戦時中の日本に対して干渉的な体制を取り続けました。

1952年、パラグアイ政府は120世帯の新しい日本人移民の受け入れを承認しました。戦後は様々な移住地の再建が必要とされていた為、1954年にはラ・コルメナに新たな日本人移民の団体が到着しましたが、土地の枯渇が起因し、ラ・コルメナにおいて二番目で最後の移民グループとなる6世帯のみが受け入れられました。しかしながら、1955年にはパラグアイ南部で更なる6世帯の日本人家族が受け入れられ、その後に続く日本人入植へと繋がりました。

1960年に初めて日本の農業経営者が360トンの大豆を日本へ輸出することに成功しました。これがきっかけとなり、大豆がパラグアイの地域経済の輸出品目として認知されるようになりました。

1963年、イグアス移住地に新たな日本人移住者の団体が加わりました。この移住地では、初の日本人移民の入植時から培われてきた様々な経験が活かされました。


出展:パラグアイ日本人会連合会